コラム

2014/01/52. 福沢諭吉の母が示した愛情と優しさ(1)

★子どもの心を育てるのは、母の温かい優しさ

子ども時代に受ける母親からの愛情や優しさは、子どもの心を大いに育むと言われています。
近代教育の礎を築いた福沢諭吉も、彼自身母の優しさから受けた影響がとても大きかったことを語っています。

【福沢諭吉の母が示した愛情と優しさ】

明治時代の大ベストセラーである『学問のすゝめ』を書いた福沢諭吉は、5人兄弟の5番目で、1歳半の時に父親が病気で亡くなってしまいました。
母親のお順は女手ひとつで大変な想いをして、5人の子どもを育て上げました。
ここに彼女の深い愛情と優しさが示されるエピソードが多く残っています。
諭吉の書いた思い出話の中から、その例を引いてみましょう。

【諭吉の思い出の中の母の優しさ】

諭吉の母が時折面倒を見てやっているチエという娘がいました。
家もなく着物はいつもぼろぼろで、頭にはシラミがたかっているのに、髪をとかしたり体を綺麗にしたりすることもありませんでした。
誰も近寄りたがらなかったチエですが、諭吉の母はチエが家にやって来ると、いやな顔もせず、庭先に座らせてシラミをとってあげたりしていました。

ある日、チエがやってきていつものように庭先に座りました。
母はシラミをとってあげようと、たすきを掛けながら諭吉を呼んで手伝わせようとします。
諭吉は、これがとてもいやでした。
「お母さんはなぜこんな事をなさるのだろう、気が知れない」
と思うのです。
母はチエの後ろに立って
「さあ、綺麗にとってあげようね」
といいながら、頭からシラミをつまみ出します。
それを石の上に載せて、小石でつぶすのが諭吉の役なのでした。

【母の優しさに動かされる諭吉の心】

母の優しい顔、いやがっている諭吉の顔。
諭吉はとうとう
「母上気分が悪くなりました」
と言って横を向いてしまいました。
母は笑いながらこう言って、シラミをつぶす小石を拾い上げました。

「私だって気持ちが良いとは思いませんよ。でもね、こうして、チエがやって来ることを考えてご覧なさい。とってもらえば気持ちが良いからでしょう。けれどもチエは自分でそれができないのですよ。できる人ができない人のためにしてあげる。それがあたりまえだと思うんだけど」

この言葉を聞いた諭吉はハッと思って、
「いや、もう、なんともなくなりました」
と、母の手から小石を受け取って、またシラミをつぶし始めたそうです。

このように、母の優しさに諭吉の心をいつも大きく動かし、大いに成長させました。

次回は、母の温かさに支えられた諭吉が近代教育の礎を築くまでをお話したいと思います。

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