コラム

2014/01/515 人間学の必要性について

今回は「人間学の必要性について」と題してお話ししたいと思います!

コペルの教育が目指しているのは、頭のいい子を育てようということではありません。
夢、志の大きな子どもを育てようとしているのです。

今、世間では、
『努力しなくたっていい』
『学ばなくたっていい』
『自分の思い通りに生きればいい』
という考えが広がっています。
確かにそういう考え方もあるでしょう。
けれどもすべての子どもたちがそういう考え方で生きるようになったらどうでしょう。

学問というと知識を得るために学ぶ、それも立身出世のため、職業のため、就職のためと考えられがちですが、それは、本当の学問ではありません。
学問とは、自分の人間としての本質を高めるためのものです。

人間には本質的要素と付属的要素があります。
知識がある、技術が秀でているというのは後から身につく要素です。
人間として、清らか、明るい、素直であるなどというのが本質的要素です。
清らかでない、汚職をして平気、暗い、マイナス面ばかり見ている、素直でないという人々でいっぱいの社会だったらどうでしょう。
付属的な要素よりも本質的な要素のほうが大切なことがわかるでしょう。

子どもはしたいとおりにさせて育てると、人のことは考えない、自分がよければよい、全体のことは考えないという自己中心的な自由を身につけて育ちます。
何もしたくない、何も夢がないという子どもを育ててはいけません。
夢、志を持った子どもを育てることが親の大切な務めです。

今までの教育は、子どもの志を育てようとせず、ただ子どもの学力を問題にしていました。
日本の社会全体が、今ようやくその間違いに気づき始め、あちこちで子どもの志を育てることが大切と言われ始めました。
人間学が必要とされるようになってきたのです。

子どもの志、行動力を育てるには、まず子どもの心に成功の火を灯しましょう。
どんなにハンディがあろうとも、人間は成功するように運命づけられていることを話してあげましょう。
人はみな成功するように運命付けられているのに成功できないのは、自分で成功しない道を選んでいるからです。
自分には無理、自分には出来ないと、自分で道を閉ざしているからです。
偉人の話をしたり、伝記などを読んで、子どもの心に夢、志の火を灯してあげましょう!

───司馬 遼太郎(日本の歴史小説家)の言葉───

人々にとって、志さえあれば、暗い箱の中でも世界を知ることができる。

コペル 代表 大坪信之

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