コラム

2014/01/513 天才ゲーテを育てた母の愛

ドイツを代表する文豪であり、小説『若きウェルテルの悩み』、詩劇『ファウスト』など広い分野で重要な作品を残したヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ。
今回は彼の母親カタリーナについてお話ししたいと思います。

1749年8月28日、ゲーテはドイツのフランクフルトで生まれました。
資産家の父は39歳、母は18歳でした。
資産家の父は教養に富んだ人物であったため、ゲーテは幼いころから様々な分野の学問を厳しく教えられました。
対して、フランクフルトの市長の娘であったゲーテの母は、想像力豊かで芸術的な素質のある優しく明るい女性だったといわれています。
「母は太陽だ」という言葉もあるくらいですから、お母さんが明るいということは家庭の幸福にとってとても大切なことなのです。

アルベルト・ビルショフスキ著の『ゲーテ――その生涯と作品』という本には、ゲーテの母は、「人や物を見るすこやかな眼」をもち、「つねに朗らかで快活な心」が弾んでいる人だったと記されています。

だれもが、彼女に会うと楽しい気持ちになったそうです。
彼女は、心が強く勇気に満ち溢れた女性でした。
戦時中は、住民の皆がフランクフルトを逃げ出すなかで、彼女だけはにこやかにこう語ったそうです。
「臆病者は全部出て行ってしまえばいい、と私は思っていました。
 そうすればもう、臆病風は誰にも感染しませんから」

さて、彼女の教育が彼の感受性をとても豊かに育てたことを表すある有名なエピソードがあります。
ゲーテの母親であるカタリーナは、ゲーテさんが眠りに付く時、さまざまな物語を読み聞かせたそうです。
そしてその時に、最後まで読むことはしなかったそうです。
良い所までやってくると、
「続きはまた明日」
と言って読むのをやめてしまったそうです。
一つの物語を読み終えることなく、ラストシーンを明日のお楽しみにとっておくことで、幼いゲーテは想像力を刺激され、いろいろな結末をイメージしながらわくわくして眠りについていたそうです。
世界的な文豪となったゲーテの発想力は、こんなところから育っていたのかもしれませんね!

強く明るい母カタリーナは、息子ゲーテにこんな話をしたそうです。
「この世界にはあまたの悦びがあるのです。
 その探し方に通じていさえすればいいので、そうすればきっと悦びが見つかります」
聡明な母は、この世界が悲しみや苦しみに満ちた世界ではなく、何よりも喜びに満ちた世界だということを彼に伝えたのです。

母がゲーテに伝えた中で最も大切だったことは、文学や物語を楽しむことができる喜びであったと言えるでしょう。
幼いゲーテが一番楽しみにしていたことは、母の語ってくれる物語を聞くことでした。
ゲーテは後に母カタリーナについてこう語っています。
「母からは想像力の生みだす、とらえうるすべてを明るく力づよく表現する才能、周知の物語に新鮮味をあたえ、別の物語を創作して語り、語りながら創作してゆく天分をうけついだ」

彼は自分の才能が母親から受け継いだものであることを、いっぱいの感謝とともに誇りを持って語ります。
明るく強い母であったカタリーナの教育が、いつまでも読み継がれる世界有数の文豪の感受性を育てたのです!

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