コラム

2017/10/2031 幼児教育の礎を築いた貝原益軒に学ぶ子どもの教育法

貝原益軒(かいばら えきけん、1630-1714年)という儒学者をご存知でしょうか?

教育書の「養生訓」「和俗童子訓」など、多数の本を著した、江戸時代の本草学者、儒学者として知られています。
今回は貝原益軒の生き方から寛大さ、視座の高さを学んでいきたいと思います。

ある日、外に出ていた間に、留守番の若者が隣の友達と、庭で相撲を取って、益軒が大切に育てていたぼたんの花を折りました。
若者は心配して、益軒の帰りを待ち受け、隣の主人に頼んで、過ちを詫びてもらいました。

益軒は少しも腹を立てた様子がなく、「自分がぼたんを植えたのは楽しむためで、怒るためではない。」と言って、そのまま許しました。

このエピソードのからも、益軒の寛大さや、「自分のことは捨てて全体のことを考えている」というような高い視座がうかがえます。

貝原益軒は宝永7年(1710)、81才のときに和俗童子訓を書きました。
本書は世界における幼児教育論のさきがけと云うべきものです。

和俗童子訓の特徴は、子どもは小さいときから早く善い人に近づけ、善い道を教えるべきであると説いています。

人はみな、天地の徳を生まれつきもっているが、教えがなくては、人の道を知ることができない。
人は教育によって、人になるという見方です。

教育がないところでは、人は動物的欲望のままであるというのです。

それ故に、子どもを育てるのはがまんを教え、幼児から早くきままをおさえて、私欲をゆるしてはいけないと貝原益軒は強調しています。
子どものわがままを、いかにしておさえて、人の道を教えていくかが、子育てにおいて重要なことであると主張しました。

特に、豊かな家の子どもにとって、わがままをおさえるために、子どもは厳しく教えることを求めました。
豊かな家で子どもをかわいがりすぎると、子どもは人間にとっての自然的な親孝行の感情が育たず、父母をあなどっていってしまいます。

一方で、子どもに対する教え方としては、子どもが好むことが最も大事であるとして、子どもが楽しめるような教え方をすることが大事と考えていました。
ただ厳しく、教えを強制するのではなく、子どもの好奇心を育てるという考え方を当時から説いていました。

以上のように、貝原益軒の子育て論は、子どもの私欲をおさえ、気ままにさせないで、厳しく、苦労させることが重要であると力説しました。
また、子どもの時からこころをおだやかに、人を愛し、なさけをもつようにし、人を苦しめたり、あなどったりせず、つねに善を愛する人間に育っていくことを意識的に教育しました。

まさに、現代が求めている早期教育と徳育の重要性を江戸時代に発信していたことは驚嘆に値すると思います。
この益軒の考え方が、その後に発展した寺子屋教育および明治以後の小学校教育の基礎となりました。

最後に貝原益軒が残した言葉を紹介して終わりにしたいと思います。

―――貝原益軒の言葉―――
志を立てることは大にして高くすべし。
小にして低ければ、小成に安んじて成就しがたし。
天下第一等の人とならんと平生志すべし。

善人にまじわれば、その善を見ならい、
善言を聞き、わがあやまりを聞きて、益多し。

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