コラム 大坪信之のワンポイント徳育アドバイス

2018/03/2036 中江藤樹に学ぶ、幼少期から身につけたい徳の高い生き方とは

江戸時代初期に、近江の小川村に生まれ、「近江聖人」とも称えられた、中江藤樹(なかえとうじゅ)という陽明学者がいました。
今回は、藤樹の生き方から、徳を高く生きることの重要性を学んでいきたいと思います。

藤樹は、幼い頃から、米子藩主に仕える祖父のもとに暮らしていました。
しかし、彼は、故郷の父が亡くなり、母が一人になったため、役をやめて、母を助けに帰ったという優しい心の持ち主でした。

藤樹は、貧しい中で、年老いた母に心を砕いて、孝行を尽くします。
一方で、大層熱心に学問に励んだので、ついには立派な学者へとなりました。

藤樹は、学者としての高名さだけでなく、徳の高い素晴らしい学者として、大変慕われていました。
遠い所から、はるばる教えを受けに来る者も多く、学問をしない者までも皆、藤樹の徳に感化されたものです。
こうして、世間の人は揃って皆、藤樹を敬って彼を「近江聖人」と呼ぶようになるのです。

藤樹が亡くなって、長い年月が経っても、村の人たちは、永遠に彼の徳を慕って、毎年彼のためのお祭りを催しています。

ある時、一人の武士が、小川村の近くを通るついでに、藤樹の墓を訪ねようと思いました。
武士が、田畑を耕している農夫に道を聞いたところ、彼は「自分が案内しよう」と言って、先に立って歩いて行きましたが、途中で自分の家に立ち寄って、着物を着換え、羽織まで着て、整った身なりで現れたのです。

武士は、この農夫の行いに対して、「自分のことを敬って、このように身なりを整えたのだろう」と心の中で考えました。
しかし、藤樹の墓についた時、垣の戸を開けて武士をその中に入らせ、自分は、戸の外にひざまずいて、恭しく拝んでいる農夫の姿を目にした武士は、考えが誤っていたことに気付きました。

農夫が藤樹の墓に赴く前にきれいな着物に着替えてきたのは、武士への敬意によるものではなく、すべて藤樹を敬うためだったのです。
そのことを理解した武士は、時を経て慕われ続け、人々に継承される藤樹の徳に、大層深く感心して、丁寧に墓を拝んだということです。

このように藤樹は、自らの身を以て、徳高くあることの素晴らしさを体現し、多くの人に慕われました。
彼が教えた徳の灯は、彼が亡きあとも人々の心に受け継がれ、消えることはないのです。

小さな徳の積み重ねが大きな徳となり、人間をかたちづくります。
徳の高い行いをこころがけましょう!

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